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國神社で一礼
8月15日が近づいて来るとテレビでは、暗い画面と暗い音楽で日本軍を「悪」のように仕立てて放送し、戦争の悲惨さを強調する。
見ているだけで気持ちが暗くなるが、これが狙いである。
しかしこれでは真実が何も見えてこない。
戦争が悲惨であるのは当然であるが、それ以上に大切なのは、そういうことを超越した我々の先人達が残したものである。・・・
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偉大なる先人達が残した親日国 パプアニューギニア・ラバウル ~井上和彦~
パプアニューギニアのラバウルに行った時のこと、見てこの“日の丸”。「アジアの声」と言うなら、これもアジアの声ではないのか?
そして、この子達が並んで「もしもし亀よ、亀さんよ・・・」を歌うんだよ。今、日本の小学生だって歌えないと思うよ。ラバウルではおじいちゃんやおばあちゃんから日本の歌を歌い継がれている。
ここにおばあちゃんが来て、台上に上がって10曲ほど日本の軍歌をメドレーで歌った。そして最後に「海ゆかば」を歌う。
もう涙が止まらなかったよ。
それから日本がやっている農業支援の学校に行きました。ここでも“日の丸”で迎えてくれました。東日本大震災では東北で農業支援に行っていた人もいて。
ここではある独特の楽器を使って、我々を迎えてくれた。
ぜひ、聞いて下さい。涙が出る。
これはゴム草履の裏で叩いてるんです。
日本人を迎える時に、まさか「ラバウル小唄」で迎えて頂けるとは思わなかった。私と一緒に行った日本人の方々も、一緒に歌いかけたんだけれども、感動して涙が出るから歌えなかった。
もし日本の軍人がラバウルで悪いことをして、現地の人々から恨まれるようなことしていたら、日本の軍歌が残っているわけがない。
これは明らかにラバウル海軍航空隊や今村均中将の陸軍部隊が、ラバウルの人達に親切に接して、心の交流があったから、こういう歌が残り、「ありがとう」という言葉まで今も残っているんだ。
そういう中、悲しいこともあった。日本人が南ソロモンで戦った、その慰霊碑が壊されていた。誰が壊したか?どこの民族か、というのは想像できるが、こういう情けないことを、何でやるのか? 悲しいです。・・・
街の中の目抜き通りで、パプアニューギニアとか州の旗が描かれていたが、その中に“旭日旗”があった。これは如何に日本海軍の軍人さんが尊敬されていたかがわかる。
現地の人々が笑顔で手を振ってくる。現地法人の方に訊くと「日本人だから手を振るんです。白人には振らない」と言った。
(平成27年8月17日 防人の道)
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日本では「日本は戦争でアジアの人々に悪いことをして迷惑をかけた」と教える。
しかしアジアの声は全く違う。
なぜ、こんなに違うのか?
日本の学校やマスコミは嘘を教えているからである。
ラバウルの人達はお祖父さんやお祖母さんから「日本軍はラバウルのためによいことをしてくれた。この道路もあの道路も日本軍がつくってくれたものだ。白人は何もしてくれない」と聞いて育っている。
しかも日本は戦後も、ラバウルに援助して空港や病院や学校がつくられている。
日本人を笑顔で歓迎し、日の丸で迎えてくれ、旭日旗を街の通りに描き、さらには日本の唱歌を日本語で歌うのだ。
これでも日本は侵略国だというのか?
学校の教科書ではこういうことを教えるべきではないのか?
また8月にはこういうことを放送をするのが本来の日本の放送局の務めではないのか?
教えず、放送もしないから、恐らくほとんどの日本人がこういう真実を知らないのだ。
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