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戦前の日本とシナを知る米国人の東洋学者ヘレン・ミアーズは「米国の戦争目的は、米国が日本を征服することであった」と述べている(『アメリカの鏡・日本』)。
鹿児島県の知覧町には陸軍の特攻隊の基地があり、沖縄戦ではここから出撃して、帰らぬ人となったのは439人いた。
この知覧で軍の指定食堂を営んでいた「特攻の母」と呼ばれた女性は、特攻隊の若者達から母親のように慕われていた。
彼らは「僕達が早く行かないと日本は敗ける」と言っていた。
ある時、20歳になったばかりの隊員が出撃前に「僕はホタルになって、きっとここに帰ってきます」と言った。
この隊員が出撃した翌日の夕暮れ、食堂の裏庭に一匹のホタルが飛び込んできた。
ホタルはここではほとんど見られないのに、ホタルが光を灯して「特攻の母」の前に現れた。
これを知らされた仲間の隊員達は、並んで敬礼し、涙一杯溜めながら、静かにこのホタルを見送った。
フィリピンのマバラカット飛行場からは神風特別攻撃隊の「敷島隊」が飛び立った。
この飛行場跡地に、フィリピン国旗と旭日旗をを並べた「カミカゼ東飛行場平和記念碑」がマバラカット町の予算で建てられ、現地の人達の手で毎年、慰霊祭が行われている。
ここに日本政府からの援助はない。
この慰霊祭には地元の小学生も参列し、教師は子供達に特攻隊を「日本の英雄」と教え、「こうした歴史教育を通して、子供達に国を守ることの大切さを感じてほしい」と言った。
マバラカット町はこれを建てた理由を「特攻隊にはフィリピン人が忘れた国家への忠誠心があります。これは尊敬に値する行為です」と述べた。
一方、戦後日本人は、日本のために立派に亡くなった人達の事を、どれほど本当に思いやって生きてきたのか、胸に手を当ててよく考えてみるべきである。
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