2009/6/3(水) 午後 5:34敬天愛人の屁理屈練習用 Yahoo!ブックマークに登録
(日本が誇る世界遺産 宇治平等院鳳凰堂)
御来訪感謝申し上げます。
前回の記事で、我が日本が自虐史観を徹底的に利用されて戦後湯水の如く貢がされて来たと書きました。
私は「自虐史観」を、日本人を思考停止状態にして都合の良い様に自由に操ろう、という企みにとってこれほど有効な便法はないと解釈して来ました。
例えば、ある人間を意のままにコントロールしようとする場合、あるいは金を毟り取ろうとする場合など相手に弱みを持たせて、その弱みにつけ込むのが一番簡単に目的を果たすことができる方法であります。
そしてその弱みで最も有効なものは「罪の意識」であります。
人間は罪の意識を持たされると足枷を嵌められたように身動きが取れなくなり、罪の意識の対象先から言われたままに行動するようになります。
それは、そのことによって「罪の意識」が軽くなるからであります。
したがって、役務の提供を要求されれば役務を、資金の拠出を要求されれば資金を、というふうに無抵抗に従うことになります。
相手にとっては、これほど便利で打ち出の小槌ともいうべきありがたいものはありません。
おまけに罪の意識を背負わされた者は金も力も能力もある便宜性の高い存在であります。
しかし、実際は「罪の意識」を植え付けられた根源である「罪」の存在は捏造したものであり、でっち上げに過ぎません。
もし「本当は、ありもしない無実の罪」だということが露呈したら、罪を着せられた側の大変な逆襲にあうことになり、元々、彼らはすべての面で優れている訳ですから、罪をかぶせた方は凄惨な眼に遭うことになるでしょう。
その事を最も恐れている存在にとって、冤罪であることを悟られないようにあらゆる手段を講じる事になります。 それこそ死活問題でもあるわけです。
そのためには、まず「罪の意識」が風化しないように折りあるごとに「罪」を喧伝し、いつの間にかさらに大きな罪に歪曲をして、益々罪の意識を大きなものにしようとします。また、背負わされた側の内部の協力者(善意を装う偽善者=反体制派)を抱き込んで懐柔して、「罪」に対する疑念を一切持たないように多方面からの宣伝工作を行います。
そして、その工作をより確実にするために内部の協力者へも利権のおすそ分けをして、共犯者に仕立てて裏切られないようにした上で、さらに関係を継続することを画策するのであります。
彼らの最終目的は「金も力も能力もある」無実の罪人を完全支配することですから、目的を達成するまでは綿密且つ用意周到に戦術をフルに駆使して篭絡させようとします。
それには、外部からの工作だけでなく内部からの工作の両面作戦が必須なのです。
そこには当然ハニートラップ、マネートラップ等、仕掛けられる罠はすべて存在し、万全を期すことになる訳であります。
さて、内部の協力者でありますが、それは政界・財界・官界・マスコミ・教育界・宗教界まで垣根はありません。
政界をとっても、保守・愛国の立場にあるからと安心はできません。
政治的な主義主張、イデオロギーなどの表向きの立場も「利権」の前には無力であります。
ごく一部の真正保守政治家以外は完全に協力者と成り下がっています。
財界は元々「利権」のみで動く哲学もない利権屋集団であります。
官界は「お金を使うこと」を仕事とする人達であります。お金を使わなくては彼らの仕事は成り立ちません。
官僚に「責任」や「コスト意識」は皆無でありますから、国益という概念すら持っていません。
マスコミは、反体制の立場が自分たちの定位置と勘違いし、さらに「真正中立、公正な立場」とどんなにきれい事を言っても、情報を提供してくれるソース元やスポンサーの意向に沿わないと存在できなくなりますから、ただの「お題目」の粋を出ません。
教育界は内部における最も大きな協力者であり、「罪の意識」を植えつけることと「自意識」を持たせないようにして都合の良い去勢された管理社会を築く先兵となっています。
宗教界は、日本における新興宗教団体はすべて「金を目的にした」名ばかりの宗教団体であり、日本工作の手先となっている場合が多く、彼らの目的は日本を我が物にすることですから、同じ目的を持つもの同士として互いに利用しあう存在ともなっています。
戦後、日本が行なって来たODA(開発途上国支援)の中で特に特定の国への支援が偏っていることと、1964年に成立した日韓基本条約により合意した莫大な無償援助もすべてその背景と根底にあるものは「自虐史観」であります。
一応戦勝国となったシナは戦争賠償権を放棄しましたが、戦争の当事者でもなく相手国でもなかった韓国からの戦争賠償金の不当な請求を退ける代わりに、民間補償の名目で多額の無償支援を行ったのも「自虐史観」を逆用された結果と言っても過言ではありません。
この資金と技術供与のお蔭で当時の朴政権が「漢江の奇跡」を演出することが出来たのも衆知の事実です。
資金も技術もなく、あるのは膨大な労働力だけというシナに対する技術協力・有償無償の資金援助を日本が一身に背負わされた背景も「自虐史観」にありました。
そして、それらすべての物心両面での援助に共通することは、「自虐史観」を利用した「利権」が存在することであります。
勿論、利権はシナ・韓国だけでなく、他の被援助国にも存在しますが、特に共産党幹部の私腹を肥やす事に多大な貢献をしたとされるシナへの支援利権は、同じく伝統的にワイロが付きものの韓国同様に彼我の政治家やフィクサーなどの国税を食い散らかす輩の利権の温床でもあったのは、厳然たる事実として一般的に認識されています。
つまり、不肖敬天愛人が何を申し上げたいかというと、「自虐史観」とは国防の面や国民の愛国心を薄れさすだけでなく、経済的利権といった「国よりも金」の拝金主義にも狡猾に悪用され、国民のあずかり知らないところで無駄な出費も強いられて来たのだということであります。
常に言われる「土下座外交」は自虐史観を根としており、土下座外交=資金・技術提供であり、そこにあるものは「国益」ではなく「利権」そのものなのであります。
国際社会、特にシナや韓国、ロシアなどの反日国家がいう「友好」とは“Give&Take”ではなく“Take&Take”なのです。
日本が自虐史観を捨て去らない限り、Give & Take の関係を結ぶことはできないのです。
外交問題だけでなく、政治も社会も良くするためには、利権とは一切縁の無い国民が「自虐史観から脱却」して目覚めるしかないと考えるのであります。
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