( 長澤まさみの次に好きな北川景子女史。国民の自覚を眼で訴えてます^^ )
御来訪感謝申し上げます。
ここ2~3日、GMの破産申請をはじめとする国内外の経済関連の大きな出来事、北の非道な挑発とそれに対する対応する政治情勢等々を漠然としながらも考えていました。
何を考えているか?と言われると、浅学菲才、無知蒙昧な不肖敬天愛人の事ですから、まかり間違っても高尚な考えには行き着きません(汗)
ただ、昭和20年(1945)に大東亜戦争が終結し、まだまだ戦争の残像が残る、そのわずか11年後の昭和31年にこの世に生を受けた者として、内外問わず自分の来し方の社会背景を振り返ってみました。 自分自身、物心がついた、つまり人生の記憶の出発点は幼稚園に入る直前の頃からとおぼろげながら記憶しています。 東北は福島県の内陸部南部に生まれ育った私が幼い頃記憶している事柄といえば、往来の激しい旧奥州街道の賑やかな商店街に住んでいた事もあって、国の経済成長と共にめまぐるしく様変わりしていく様子であり、頻繁に自宅の前を通るダンプカーと道路整備の工事の様子でもありました。 当時はまだ、物乞いと呼ばれる「乞食」も沢山居て、その中には小さな赤ん坊を背負った比較的若い女性も我が家に物乞いに現れるほど、「国の復興発展と国民の貧困」が混在している時代でありました。 また、大きな町に買い物に出かけるとデパートなどの人が集まる場所には、戦争で両足を失った傷痍軍人が自らの不自由な体を晒して道行く人の寄銭を乞うている光景もよく目にしました。 その後、長じるにしたがって、だんだん戦争の残像を見る事も少なくなり、子供達同士で当時「3種の神器」と呼ばれたテレビ・冷蔵庫・洗濯機を互いの家で購入するたび自慢しあっているような平和な情勢にと変化して行きました。 小学生から中学生にかけては、金持ちのステータスシンボルは所謂アメ車であり、芸能人やスポーツ界のスター達が乗る馬鹿でかい外車に無邪気に憧れたものでした。 当時の国産車はまだまだチャチな印象で、キャデラック、ビュイック、シボレー、ポンティアックなどのGM車やリンカーン、サンダーバード、ムスタングマッハ1などのフォード車の圧倒的な存在感に彼我の差の大きさを子どもながらにも痛切に感じるほどでした。 今回のGMの破産をはじめアメリカの自動車メーカーの惨憺たる現況は、アメ車を「富の象徴」として憧憬と畏敬の念を持って見つめて育った世代としては、残酷なまでの時代の変遷の凄まじさを感じざるを得ません。 昭和20年を境に大日本帝国は日本国となり、第2次世界大戦の一番の悪玉として着せらた冤罪(濡れ衣)を贖罪することを義務付けられ、日本の領土であった朝鮮半島と連合国軍の手先になったシナも抗日運動を主謀したとされる人物達が権力を握って、まさに四面楚歌の状況に置かれつつ、膨大な資金を毟り取られながら戦後の復興を果たして来ました。 そして日本にとって夢のような強大国アメリカに少しでも近づき来たいと願って、国民が一丸となってアメリカに次ぐ経済大国の地位を得るまでになりました。 戦後の出発点は、周辺国から「復讐」を受ける立場から始まったといっても過言ではありません。 押付けられた憲法によって不戦を誓わされ、冤罪を基にした洗脳教育による「自虐史観」を利用された様々な物心両面での援助も強制され、その援助が逆に自分たちへ向けられる刃となっている現実にも気付かず、せっせと貢いで来たことも事実であります。 しかしながら、終戦から64年を経て今の日本を取り巻く状況は、目標としたアメリカの象徴でもあったアメリカ自動車産業が崩壊し、シナの軍拡の脅威に晒され、旧領土であった朝鮮半島北部から軍事攻撃の威嚇を受ける始末であります。 今の世界は、経済の日本、軍事のアメリカ、つまり平和産業の日本、軍需産業のアメリカと上手く棲み分けが出来た状態で日米に支配されているということも紛れも無い事実であります。 しかし、日本を悪くは言うが日本を良くは言わないマスコミの恣意的な意図によって、多くの日本人は自分たちの力を知らずにいます。 日本人が目を醒ますことを極端に恐れる勢力が国内に厳然とした影響力を持っている証拠でもあります。 それはアメリカを中心とした白人社会の国家群であり、シナであり、南北朝鮮であり、はたまたロシアでもあります。 私はブログを始めるきっかけともなった、田母神氏の言葉を借りると「日本は決して悪い国でなかった」という真実を国民全員が認識しない限り、どんなに経済で成功を収めても亡国の道へとひた走ることにしかならない、ということも日本人が自覚しなくては明日の日本はないだろうと危機感を持っています。 過去に記事で再三申し上げて来ましたように、日本人自身が自分の眼でもう一度歴史を見つめ直して、自ら(先人達)を否定しながら歩んで来た過去を振り返り、特に否定するものは何もなかった史実を知る事が、世界的な大転換期とされる今にあって、国の再生の最も近道であると思います。 つまり、誇りと自信が無ければ的確に対応していけないという事です。 逆に言えば「自虐史観」を根底に持ち続ける限り、現状存在する国難やこれから起こりうる国難を解決する方策を見出せず、今までのように「先送り」を繰り返していく中でのっぴきならない事態になるだけだと考えます。 警察も裁判所もない国際社会においては、正義の味方は存在せず、誰も助けてはくれないのであります。 今や、自民がどうの民主がどうのと小手先の話やイデオロギーの問題ではなく、国民が一丸となって危機に対処しなくてはならない時期が確実に訪れているのです。 もはや、冤罪を晴らして戦後体制を終わらせ、新しい体制を始める時であると考えるのです。 今までの価値観や常識を捨て去る勇気も必要です。 今までの価値観や常識は歴史の中にしまいこむ時期が来たと切に感じています。 日本人が目覚めた時、世界が大きく変ることもまた、歴史が証明している事でもあります。
新たなJAPANデビューの時と思います。
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