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明治4年、宮古島から首里へ向かった年貢輸送船が台風で遭難して台湾南部へ漂着しました。乗員66名は台湾先住民のパイワン族に拉致され54名が斬首されました。外務卿の副島種臣は清国へ赴き、清国の責任を追及しました。
この外交交渉は“琉球藩を支配する日本”が“台湾を支配する清国”の責任を追及することで琉球は日本に帰属していることを清国に認めさせる国境画策交渉の一環でありました。
しかし、清国は「台湾は化外の民であるし、清国は台湾の領有権を有していない」と逃げました。これは日本が台湾に合法に出兵する口実を得たことになりました。
国際法では「無主の地」は先に占領すれば自国の領土の出来るからであります。
明治7年、征韓論を抑えた大久保利通は台湾へ出兵させます。
慌てた清国は直ちに日本に抗議して撤兵を求めました。領有権がないと言って責任逃れしたのに、いざ日本が制圧すると文句を言ってくる支那です。
台湾武力制圧の後、大久保利通は北京へ行き李鴻章と交渉しました。
清国は台湾原住民が日本国民に不法な害を加え、日本軍の台湾出兵は日本国民保護のための義挙であると認めました。そして、琉球遭難民に対する見舞金と賠償金50万両を得たのです。これにより琉球の日本帰属は国際的にも承認されたことになったのです。・・・
領土を守り、国益を考えて行動するのが本来の日本国の政治家の姿です。
しかし現在、「沖縄独立!」を言う沖縄選出の政治家(照屋寛徳)がいたり、シナに行って「尖閣は日本の領土である」とは言えずに、「(尖閣は)係争中だ」と言ったり(鳩山由紀夫)、「尖閣棚上げ」を言う(野中広務)元政治家がいます。
日本の国益を考えずにのこのことシナに行って、シナのための発言し、シナに利用される、全く情けない連中です。
清水谷にある大久保利通の石碑(上画像)のひっそりした姿が何を示しているのか、考えてみるべきです。
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