五 天皇国日本と天皇御即位式の秘儀
日本国憲法は第一章「天皇」からはじまっている。全文は十一章に分れ(第一章・
天皇、第二章.戦争の放棄、第三章・国民の権利及び義務、第四章・国会、第五
章・内閣、第六章・司法、第七章・財政、第八章・地方自治、第九章・改正、第十
章・最高法規、第十一章・補則)、一〇三条の項目を含む。
アメリカ、フランス、ベルギ、中華人民共和国等の憲法をみると、まず初めに、
国の政治体制を説き、次に元首である大統領、君主または国家主席について
の規定がある。
日本国憲法は天皇の条項から始まっていることは、日本国家の体質が他国の
体質と異なる所以を明確にしたものといえる。敗戦後、占領軍によって「与えら
れた」とされている昭和の憲法に、天皇条項の規定が第一に置かれていることは
、
天皇を無視する日本国は存在しない、という「与える」敵国側、占領国側での
認識があったからである。活殺自在の全能威力者の占領軍といえども、この
点に魔力は効かなかった。
天皇なくして日本なし、との日本国民の不退転の、本ものの伝統的信念を、占
領軍はよんどころなく認めたからであろう、かくして国体護持は一応成功した。
日本の完敗中のわずかの勝利であった。といえまいか大切な一本の芽を残し
た事は日本を守ったといえる。蓋し日本は天皇国家である。
日本国の建国は神武天皇に始まる、とは日本人にとって合意事項で、伝統的確
信でもある。西暦八世紀の初頭に書かれた『古事記』『日本書紀』等には左様に
記してある。そこで神武天皇こそ、国家創建者であるとの合意、国民合意、信念
がその後の日本歴史の展開の基本的推進力になったことは自明である。何故
なら歴史とは、自然史とは異なって、人力によって掘り起され創られてゆくもの
だからである。
日本歴史とは、日本人によって切り拓(ひら)かれた日本人の心意及び行為の記
録である以上、日本史の味読、正しい理解にあたつては、日本人的思考、すな
わち日本は天皇国家という伝統的日本文化を大前提に据えてこそ可能である。
現代流行の西欧産物の歴史理論を振りまわすことは、日本史の理解にとっては
一つの観念遊戯にすぎず空振りに終る。天皇の祖(みおや)は天照大御神であ
ると国民は理解する。新天皇即位の大儀中の大嘗祭(オホニヘノマッリー新帝
即位後、新穀を天照大御神および神祇に供え、天皇自らもきこしめす祭り)は
秘儀であり、天皇候補者(皇太子)が天皇となられる資格を獲られる唯一絶対の
不可欠の関門の儀である。
即位はせられたものの、大嘗祭を経られなかった天皇は半帝といわれた(第八十
五代仲恭天皇)のは、大嘗祭の重さを語っている。実はこの御儀は神道信仰からは、天皇が天照大御神と御一体となられる秘儀と拝する。天皇が即位にあたって
、天照大御神の神意の奉戴(ほうたい)と実践とを大御神に誓う祭儀と説けば理
解しやすかろう。
では天照大御神の神意とはどのようなものであろう。天照大御神の、皇孫ニニ
ギノミコトを高天原から地上の豊葦原(とよあしはら)の水穂国(みずほ)(日本)
へ遣わされた大御心は、この日本を「安国(やすくに)と平(たいら)けく知食(し
ろしめ)せ」との真意である。(「古事記』『日本紀』殊に「祝詞」等にはっきり記され
ている)
皇孫は日本国を「安国(やすくに)と平けくしろしめす」使命を帯びて高天原から
降臨せられた。天皇はそこで天照大御神の神意をそのままに、地上で実現せ
られる御方である。
「昭和史の天皇・日本」より