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Channel: 電脳工廠・兵器(武器,弾薬)庫
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稀代の大親分の「得度」の先にあるもの

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2009/4/10(金) 午後 9:37最近の記事練習用  Yahoo!ブックマークに登録
 
       (神奈川県伊勢原市 浄発願寺)

    御来訪感謝申し上げます。
 ここ数日間の好天に恵まれて、当地福島の桜も一気に開花致しました。
 ブログのお休みを頂いた間の御訪問、応援クリック、コメントを頂戴し、皆様の御厚誼に感謝申し上げます。

 さて、2日間のお休みの間の報告記事の第1弾を上梓させていただきます。
 
「後藤忠政」という名前を聞いてすぐに「山口組最強の武闘派集団後藤組の組長」の名前だと分かる人も多いと思います。
 それだけ、名を馳せた有名人であるわけです。
 ヤクザに縁も興味もない一般人にしてみれば、ヤクザは小説やTVドラマ・映画・劇画の世界での存在であり、普段は特にその存在を意識せずに生活を送っています。
 ましてやその世界の親分の名前まで知る由はなく、国内最大の暴力団である山口組の現組長の名前をフルネームで言える人もほとんどいません。
 実際、不肖敬天愛人も「司何とか言ったなあ?」程度であります。
 しかし、今は現役を引退した後藤組長の名前は後藤組と共にネット上で最も数多く見かける名前でもあります。
 真偽のほどはともかく、それだけ一般社会でも大きな話題になったいくつかの事件の関わりを噂され、その名を知られることになった存在でもありました。
 「ありました」と過去形で表現したのは、ご承知のように後藤組長の引退と同時に後藤組も解散しているからであります。
 しかし、これほど一般人にも名前が知られるほどの人物でありながら、では「その人物像は?」というとほとんど語られた情報がないのも後藤忠政氏であります。
 本人の人となりを知る者が関係者などごく一部に限られている以上、マスコミ報道やネットの掲示板等で知る情報にしても「想像が一人歩き」してまるで実態とかけ離れた無責任な「噂話」のレベルに過ぎません。
 
 先日の8日の日にブログ盟友の「雨やどり」主宰の正念場さん(以下、「夏井さん」)が記事で公式に発表したように後藤忠政氏は、年齢の違いはありますが、夏井さんと「男と男の共感」で結びついた堅固な関係であり、2人3脚で「真正日本の国づくり」を目標に活動している方でもあります。
 私は、以前に夏井さんから後藤氏との係わりと現在に至るまでの関係について説明を受け、非常に感動したのを覚えています。
 しかし、私は夏井さんから彼自身の感情もこもった後藤氏の人物像も聞きましたが、感動したとは言っても、巷間で噂される先入観を完全に払拭できるものではなく、ただ無知から来る根拠無き「恐怖感」に惑わされたイメージが先行していたことも事実であります。
 このお二人の出会いや現在の関係については、夏井さんのブログ記事を読んでいただければお分かりになりますが、夏井さんと後藤氏の接点となったのが、夏井さんが「男と男の魂の結びつきを感じた出会いだった」とその邂逅を振り返る、志半ばで自決された「憂国の烈士」故野村秋介氏であり、この野村氏は生前後藤氏と「無二の親友」であったことはネット上でも関連する情報が配信されているほど有名な話でもあります。
 夏井さんが話す故野村氏の国への熱き思いや人間愛を、亡くなった後の後藤氏と夏井さんがその遺志を継いで何を思い、何をしようとしているかなどを聞いた時、私自身、遅ればせながらブログを始めた事に感謝し、「国思う」志を同じくする「超大物」の存在に意を強くもしたのでありました。
 そんな話を伺って数ヶ月しか経たないある日、「後藤氏の得度」の事も夏井さんから知らされ、また、夏井さん御自身がその得度式の現場の総指揮の大任を任されて、準備や段取りに忙しく動き回っていることも知りました。
 その際、「敬天さんも時間があれば当日来てもらいたい」とお誘いを受けましたが、果たして、「極道」とはいえその世界で功成り名を遂げた傑物が、一からの出直しとなる「仏道」の世界に足を踏み入れることを決心させた意義と目的の真意とは何なのか?自分の眼で確かめたいという気持ちに駆られました。
 正直に申し上げますと、人生の晩節を迎えるにあたって「過去の人生の棚卸し」をして今後の人生に向けての「過去の精算」をしたいという私的な気持ちに過ぎないのではないかという疑問もあったのです。
 できれば、後藤氏ご本人に直接思いを聞かせていただきたい、しかし、それは叶うことでは無いだろう、それならばせめてその場近くに居合わせて遠くからでも見届けることも同時代を生きている「時代の証言者」の役目を果たすことができるのではないかとの考えが浮かび、「お釈迦様の誕生日」である4月8日当日、お手伝いの末席に加えてもらい、同じくブログ友人のトロッキーさんの補助をさせていただきました。
 会場となった神奈川県伊勢原市の天台宗「浄発願寺」は故野村秋介氏が眠る菩提寺でもあり、当日は後藤氏の得度式での姿や剃髪して法衣をまとった姿を取材しようとするマスコミ陣や警戒を名目に姿を現した警察関係者などや一部野次馬などが寺の周囲に陣取って賑わいました。
 無論、すでに引退している身でありますから、古巣の稼業関係の人間達の姿もなく、つつがなく式を終えました。
 式が終わり、手伝い関係者も寺の中に呼ばれ、質素な直会が行われましたが、その際に、夏井さんの御配慮で俗名後藤忠政改め法名後藤忠叡師に私も御紹介いただき間近に挨拶することが出来、「おめでとうございました」と私がお祝いをあいさつをすると明るく闊達に「アリガト!」と応えてくれ、初めて後藤氏の肉声を聞くことができました。 
 初めてそのお顔を拝見しましたが、想像外だったのは「眼が綺麗」だという印象をまず受けたことであります。
 神聖なお寺という場所がそう思わせたのか、それとも、無事「得度式」を終えた安堵の顔がそこにあったからそう思えたのか、偏見と先入観にまみれた我が身は現実に眼の前に存在するものであっても素直に受け入れることができないのであります。
 これも無知蒙昧な自分の「人間の業」であるとまざまざと思い知らされるのは翌日のことでした。
 その日、夏井さんの本拠地静岡県富士宮市にある「雨やどり」に泊めてもらい、翌日は眼の前に広がる雄大な富士山の姿をすっかり堪能し、11時頃帰途に就こうと立ち上がった瞬間に夏井さんに連絡が入り、後藤忠叡師が雨やどりに来られることになり、せっかくだから、改めて挨拶しては?と促され、私としても滅多に会える人物でもないので、もういちど「御尊顔」を拝したいと思い、その場に留まり待つほど5分程で到着しました。
 雨やどりの建物の中の畳の上で夏井さんはじめ雨やどりスタッフの方々と緊張の面持ちで正座をして話しを伺っていると、「遠慮しないで、足を崩しなさい。俺も昨日は厭というほど足の痛い思いしたから、その思いは分かるから・・・」と笑顔で促してくれました。
 その時の笑顔の中にやはり昨日と同じく綺麗な眼を再び見たのです。
 決して大げさではなく、眼がキラキラと光輝いている綺麗さであり、非常に優しい眼差しでもあったのです。
 失礼と思いながらその眼をまじまじと見つめ続けてしまいました。
 その「眼のキラキラとした輝き」の訳は、その後、約1時間半ほどの間、得度後にまず手を付けるべき事柄や今後の方針等について打ち合わせがされましたが、その折に忠叡師から発せられた言葉の数々と純粋な想いにあることを知ったのであります。
 今回マスコミで言われているように「出家」ではなく、つまり、天台宗の僧籍に入るのでは無く、「在家得度」といい、浮世に身を置いて「仏の道」をお行しながら、「仏の教え」を旨に「一隅を照らす」存在として国に貢献して行きたいということなのであります。
 自分の立場を考え、天台宗に迷惑を掛けることになっては申し訳ないし、現役引退後、自分が自分の求めている生き方(道)を歩んでいく上に、どのように身を処して行けば良いのかと散々に悩んだ結果決めた今回の決断を頓挫させる訳には行かないという想いがあったらしいのです。
 ヤクザが「自分が目標とする生き方(自己完結)」ではなく、自分が心底求めている生き方である「国への貢献」、つまり、国の現状を憂い、国の建替えの一助となるべく「無私」の心で「日本の再生」に身を挺して行きたいという信念を若い頃から抱き続けて来たことも知りました。
 私が「政界、財界、官界、宗教界など様々な社会の分野に居る悪い人達にとって一番、得度して欲しくない人が得度をしたことになりますね?」というと「現役時代は稼業のしがらみでどうしても口にチャックをしなくてならなかったから・・・、でも、これからは、何事も是々非々の姿勢でやっていかなくてはならない」と応えてくれました。
 「是々非々」は良い事は良い、悪いことは悪い、とかく善悪の区別が混同してしまっていながらも「0か100か」という極端を求めて人を徹底的に追い詰めてしまう今の世の中において、「9割の悪」があっても「1割の正義」があればそれを正当に評価できる包容力のある「懐の深い社会」が国づくりには必要なのでないかとも説いておられました。
 自ら組織を作り、トップとして組織と構成員を育て、その組織が所属する世界で稀有な実績を残した人物だから、「組織(国)」を守るものは「構成員(国民)」であることが痛いほど分かっているし、国民の「根っこ」を育てるには何が一番大事なのかも熟知しているのでしょう。
 私は、8・9日の2日間で実感したことは「山は動き始まった」という事であります。
 政界、経済界、宗教界、官界、どの世界を取っても「国を思わず自己の利」ばかりを求める不逞の輩が蔓延っている我が国の現状を憂う者として、これ以上無い超大物実力者が国を憂いて「立ち上がった」のは、我々保守・愛国者たちにとって慶賀の至りではないかということであります。

 決してお世辞でもなく、そのまばゆいばかりの眼ざしで「国の将来」を純粋に見つめる忠叡師の姿が未だに眼に焼き付いております。
 
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