
易姓革命により韓国の文化は破壊されてきた。

日韓合邦によって日帝が韓国の伝統文化を破壊し、文化財の掠奪を行ったとか、姓を奪い、文字を奪ったというのは真っ赤なウソで、伝統文化を破壊したのは韓国人自身であり、文化を復活させたのは日韓合邦によるものです。
韓国は支那の千年属国でしたから、易姓革命を受け継いでおり、王朝が変わるたびに前王朝の文物やすべての文化伝統を徹底的に破壊してきました。高麗朝から李朝へ交替したときには揚儒廃仏といって儒教を重んじ、仏教を排除する政策を行っています。近年でも歴史の清算なんてやっているでしょう。これも破壊の伝統を受け継ぐものです。
韓国の旧慣、戸籍調査、本格的な歴史調査は日韓合邦・総督府時代に入ってからです。現在の貴重な文化財はすべてこの頃保存されたものです。現在の李朝の宮殿に陳列されている歴史的な遺物は日本の考古学者による発掘のものです。
ハングル文字は1443年に二十八文字が創出されました。しかし、李朝は両班(貴族)が漢字を使っており、ハングル文字は禁止されていました。その理由は日本やモンゴル、チベットは独自の文字があるが、それは野蛮な地域だからであり、彼らと同様に野蛮人になってはならない、というものです。支那を宗主として仰いでいるのだから、謀反的な行為であるという理由もありました。
近代朝鮮語を科学的に体系化し、言語として完成させたのは金沢庄三と小倉進平という日本人学者です。日清戦争後、清国から独立した韓国に独自性を奨励しています。漢字・ハングル交じり分は福沢諭吉の提案によるものです。
日韓合邦後、ハングルが韓国の全国民に教えられ始めます。明治44年(1911年)に朝鮮教育会が発足し、「朝鮮語及び漢文」「諺文より始めて漢文交じり文及び平易な漢文」を教育することに決まりました。そして日本人にも朝鮮語を教えています。ただ、ハングルは表記法が統一されていなかったため、統一するのには時間がかかり、ハングル学者は二つのグループに分かれ、最終的に総督府が昭和5年(1930年)に一方の主張を認めて統一することになりました。ハングルは日本人が復活させ、韓国人が民族運動としても取り入れ、総督府は協力しているのです。逆に韓国人の知識人の中には学校で朝鮮語を教える必要がない、という人がいました。朴煕道という人です。これは近代化を目指す上での言語問題を考えたことで反民族的な行為ではありません。昭和13年(1938年)に総督の南次郎と会見し、朝鮮語全廃を提案しています。しかし南次郎総督は「日本語使用は良いが、朝鮮語排斥は好ましくない」と言って否定的見解を示しています。これは伝統文化を大事にしたい日本人の考え方でしょう。
このように日本が韓国の伝統文化を破壊したなどというのはウソっぱちであり、歴史の捏造です。ただ、一つ留意しておきたいのは、日韓合邦時代、日本人が朝鮮半島の古墳調査を行ったとき崔南善(チェ・ナムソン)は感謝しながらもこう言いました。
「日本人の手によって初めて朝鮮人の生命の痕跡が明らかにされることは、どんなにか大きな民族的羞恥だろうか」
韓国人にとっては真実を知っても恥であり、知りたくない真実なのかもしれません。
参考文献
文藝春秋「大韓民国の物語」李 榮薫(著)/ 永島広紀(訳)
扶桑社「日本の植民地の真実」黄文雄(著)
添付写真
李氏朝鮮の王宮 景福宮 (PD)