「双方の妥協」が意味するもの
もうひとつ、プーチン発言の重要な部分を引用しよう。
「……・私は日本との間で領土問題を最終的に閉じることを望んでいます。そして、それが両国に、そして両国民に受け入れ可能な形でなされることを望んでいます。私は、結局のところ、その解決は両国の協力関係を拡大する中で、可能になると思っています。私たちは次のような状況を達成する必要があると思います。つまり、領土問題の解決が本質的な意味を持たなくなり、2義的な課題となり(後景に退き)、私たちが…真の友人になることです。そして、この流れにおいて、両国にとって妥協による解決が容易になるのです。……ご存じのように、私たちは中国との国境線問題の解決(уреглирование)の交渉を40年も続けました! そして、両国関係の水準が、またその質が今日の状況に到達して、我々は妥協による解決を見出したのです。私は、日本との間でも、同様のことが進むことを大いに期待しています。私はそれを強く望んでいます」
日本のマスコミは領土問題に「最終解決」「終止符」と大きく報じた。しかし、プーチン首相は領土問題を最終的に「解決するрешить」ではなく「閉じるзакрыть」という言葉を使っている。これには「蓋をする」というニュアンスがある。続いて、ロシアが目標としている状況として、経済関係や友好関係が発展して、「領土問題が本質的な意味を持たなくなり後景に退く」状況としている。これらが意味することは結局、ロシア側が従来述べてきたように、領土問題は棚上げして、まず経済関係その他の諸関係を発展させよう、との論に他ならない。
中露間での国境問題の解決が引き合いに出されたので、中露間で行ったような「面積折半論」を念頭に置いていると早合点した者も我が国にいる。しかし、この文脈であきらかなように、プーチンが中露関係を引き合いにして言わんとすることは、両国関係を高い水準にもっていくこと、つまり経済その他の関係を発展させること、以外ではない。
「双方の妥協」という言葉をロシア側が使うとき、通常意味することは、「ロシアは日ソ共同宣言承認まで譲歩した、日本も4島論を取り下げて2島論まで譲歩しなさい」ということであり、これがロシアの意味する「ヒキワケ」だ。
ロシア人の専門家の次の言葉こそがロシア側の本音だ。「『北方領土問題』で前進は期待できないだろう。領土問題が2国間関係の中心にあるような状況はなくしていくべきだ」(D・ストレリツォフ モスクワ国立国際関係大学 日経3月5日夕刊)
領土問題を棚上げにしてガスを売り、技術を導入する
プーチン首相が述べていることは、バザール的な交渉の「ふっかけ」で、額面通りに取る必要はないと見ることはもちろん可能だ。ただ、私は、日本のマスコミや識者が、彼の発言の最も肝心な言葉を見落としていること、プーチン発言にたいして余りにもナイーブな期待を抱いて、楽観論をまき散らしていることに強い警鐘を鳴らしているのである。
結論として次のことを指摘しておこう。これは、「ではなぜ記者会見で、プーチン首相の方から口火を切って北方領土問題に言及したか」という問への回答でもある。
3月4日の選挙で大統領に当選したプーチン首相が、アジアに強い関心を向けているのは紛れもない事実だ。特に、日本との経済、技術交流への期待は高い。最大の狙いは、天然ガスの輸出、ハイテクの導入、資本や企業誘致である。
その背景としては、欧州の経済不調及びエネルギー輸入の多元化政策により、ロシアからの資源輸入が頭打ちという状況がある。さらに、2011年10月にプーチン首相が北京を訪問した時以来、期待した中国へのエネルギー輸出は価格面で折り合わず袋小路に陥っている。米国もシェールガスの開発で、ガス輸出国に転じた。
この状況の下で、原発事故で天然ガス需要が高まっている日本は、エネルギー輸出の最大のターゲットとなった。また、資源輸出国からハイテク立国への産業転換を国家戦略としているロシアにとって、資源に依拠しない日本のハイテク産業はロールモデルとして重大な意味を持っている。さらに、中国をにらんだ国家戦略からしても、日本との協力関係は重要だ。
ただ、日露関係を発展させるためには、どうしても北方領土問題に触れないわけにはいかない。目標は、領土問題が後景に退く形での関係強化、つまり領土問題を実質的に棚上げした経済関係の拡大だ。ただし、この北方領土問題の解決に関心を抱いているというポーズだけは示す必要がある。そこで、十分に考え抜かれた発言――すなわち、問題解決に関心を抱いているというポーズを示しながら、本質的な部分では何も譲歩しない(あるいはこれまで以上に強硬な)――発言を練ったのである。そして、日本のマスコミ、識者、政界が狙い通りの反応を示した。プーチン首相は大いに満足していることだろう。
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以上 論説文の原文
日本人は外交については全く能天気であり、その背景には戦後「世界はみんな友達」のように教育されたことも大きいでしょう。
国民の認識が甘いからこそ、報道は注意深くあらなければなりません。
ミスリードさせる報道はもっても他です。
論説の紹介の記事になってしまいました。
私自身の意見は、恐らく来週中に書きます。