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[転載]「女性宮家反対」  続き 男系維持へのこだわり

続き 男系維持へのこだわり
 
高齢の入道親王では次の世代を担う皇位継承者とはなり得なかった。
この状況は皇統の危機が盛んに議論される平成の状況よりもさらに
厳しいものである。
 
近親に男系男子が一人もいないのであれば、後桃園天皇が残した欣子
(よしこ)内親王を女帝にすればよいと考える読者もいることだろう。
欣子内親王は父親が天皇であるため、女子でありながらも男系である
ことに変わりがない。確かに我が国には、それまでも女帝が存在した
歴史を有す。

欣了内親王が女帝となることについても問題がないかのようにみえる。
しかし、その先のことを考えると、そう簡単な話ではない。もし 
天皇の近親に高齢で子のいない二名の入道親王しか男系男子がいない
状況で欣子内親王を女帝とした場合、皇統断絶の危機を何一つ解決
したことにならない
 
その女帝が末代となり、女帝の崩御で皇統断絶となるだけだ。
女帝を立てるためには、条件が整っている必要がある。
安易に女帝を立てることは、極めて危険なのだ。




八方十代の女帝


後桃園天皇が崩御したこのときも女帝の先例が調べられた
皇統の歴史上、八方十代の女帝〔重祚(ちょうそ)、つまり一度
退位した後に再び即位した女帝が二代あったのでこのように表現される〕
が存在している。しかし、女帝となったのはいずれも
 
 
天皇の皇女など、男系の女子であり女系たる女帝の子息が皇位を
継いだことは一度もない。やはりここでも男系継承は確実に守られ
てきた。また、男系継承を確実なものにするため、女性は生涯独身
貫くこと、そして生涯出産しないことの不文律が存在していた
 
 
女帝が即位後に結婚した例はなくまた同じく即位後に出産した
例もない〔ただし、即位する前に皇后として出産した例はある〕。

ではなぜこのような不文律が成立していたかといえば、もし女帝の
配偶者と女帝の子供がいたとすると、彼らの扱いは非常に難しく、
皇位を巡って争いが生じることが予想されたからだと思われる。
女帝の配偶者と女帝の子供はいない方がよかったと考えられていた
のではないか。
 
また、後桃園天皇が崩御したときのように、皇位継承者がいない
状況で仕方なく 女性が天皇になったことは一度もないことに
注目しなくてはいけない。
 
女帝は、政治的緊張の緩和か、継嗣の成長を待っ目的で成立してきた
それぞれの女帝がどのような背景で成立してきたか、簡単に概要を説明する。


続く
 
 
 
 
竹田恒泰 著  「皇族たちの真実」より
 



転載元: サイタニのブログ


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