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[転載]戦後の教科書から消された文部省唱歌

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戦前の子供たち、天真爛漫な子供らしい子供の姿がそこにはありました。



昨今、子供らしい子供の姿を見かけなくなりました。
野を駆け巡り、泥にまみれる逞しい子供たちを・・・
道徳教育の必要を叫ばれてから久しいですが、教育現場では何ら改善されていません。
体罰問題が現在注目されていますが、筆者は余りにも行き過ぎた人権擁護ではと感じ得ません。

戦後の教育は、国民の育成、日本人としての人格形成という根本目的を失いました。そのため、各教科を一つに結びつける統合力がなくなっています。音楽教育もまた然り、かつてもっていた教育力を失っていると言わざるを得ません
筆者の子供の頃は、今は年老いた母が唱歌を唄って聞かせてくれたものです。
祖母とも共に口ずさんだものです。
最近の子供たちは唱歌を知りません。教育の現場で教えないからです。
戦後の教科書から消された文部省唱歌は多数あります。その結果、親と子、祖父母と孫が、いっしょに歌える懐かしい歌が、少なくなりつつあります。これは、親子・祖孫の心の結びつきを、弱めていると筆者は思います。
 注目したいのは、音楽教育にも重大な問題があることです。音楽は、主要な教科ではないため、何が教えられているかなど、あまり関心のない方が多いでしょう。
 しかし、音楽には、特に幼い子どもの情操を育てるうえで大きな力があります。学校でどんな歌を教えるかは、子どもたちに大きな影響を与えるのです。
明治以降の音楽教育を振り返ると、音楽という教科は、単に音楽的な感性・教養を身につけることが目的だったのでは、ありませんでした。義務教育における音楽教育は、修身(道徳)や歴史・国語等の教科と結びついて、これらを支援する役割を担っていたのです。
音楽を通じて、子どもたちに国民としての自覚を育て、日本の伝統と文化を身に付けさせるという目的があったのです。
 こうした目的のもとに創作されたのが、文部省唱歌でした。文部省唱歌には、国語や国土の美しさを感じることができる歌、歴史的な偉人や物語を語る歌、自然に徳性を養う歌が、多く含まれていました。
「故郷」「春の小川」「水師営の会見」「児島高徳」「母の歌」など、心にしみる名歌がいくつもあります。こうした歌を多く教えた戦前の音楽教育には、他の教科に優るとも劣らない教育力があっただろうと思われます。
 歌というものは、言葉と音楽が一体となっていますから、心に深く刻み込まれ親子や、先生と生徒あるいは友達同士が、一緒に歌を歌うとき、全身で一つのリズムに共振します。そこで体験する一体感は、生命の共有感覚につながっていくと思います。また、そこで歌われる言葉は、子どもに意味はわからずとも、字句を超えた感化を覚えるのですですから、学校教育でどういう歌を教えるかは、教育全体において、重要な課題だと筆者は思います。
 最近の音楽の教科書には、近年流行った歌など、新しい歌が増えています。それらの歌は、若い教師や親の感覚には合うでしょうが、しかし、昔から載っている文部省唱歌と比べるとき、学校で教えるほどの価値があるのかと、筆者は疑問を感じ得ません







ふるさと 小学唱歌







春の小川





母の歌  母こそは命のいずみ・・・桑名貞子





児島高徳(こじまたかのり)







松竹映画 「 二十四の瞳 」 仰げば尊し





来月の卒業式のシーズンには、それにふさわしい歌が歌われます。その代表的なものが、「あおげば尊し」と「蛍の光」です。
かっては日本全国の学校で歌われました。
これらは、すべて戦前作られた文部省唱歌です。しかし、現在、これらの歌は、歌詞の一部がカットされてしまっています。カットされた内容を見ることによって、戦後の音楽教育から欠け落ちたものを、うかがうことができます。
 今日、卒業式で、「あおげば尊し」が歌われる学校は、ごく少ないようです。戦後のわが国では、学校は、教師と生徒の魂のふれ合いの場ではなくなりました。知識や技術・資格の習得の機関にすぎなくなりつつあります。「あおげば尊し」の歌詞にある「尊い」とか「恩」という感情は、戦後教育では、ほとんど培わることがありません。
最も日本人が日本人たる根幹を為すものです。


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 あおげば とうとし、わが師の恩。
 教(おしえ)の庭にも、はや 幾年(いくとせ)。
 思えば いと疾(と)し、この年月(としつき)。
 今こそ 別れめ、いざさらば。
 朝夕 馴(なれ)にし、まなびの窓。
 螢のともし火、積む白雪。
 忘るる 間(ま)ぞなき、ゆく年月。
 今こそ 別れめ、いざさらば。
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上記の1番と2番の間に、本来の2番があり、以前はその2番も歌われました。歌詞は、以下のとおりです。

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 互(たがい)にむつみし、日ごろの恩。
 別るる後(のち)にも、やよ 忘るな。
 身をたて 名をあげ、やよ はげめよ。
 今こそ 別れめ、いざさらば。
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 歌詞全体をみると、この歌の核心は、2番にあります。2番を抜くと、単なる別れの歌となってしまいます。どうして、2番が歌われなくなったのか筆者は疑問に思います。「身を立て、世に出て、名をあげる」といった人生の目標や、その目標をめざす「刻苦勉励」の態度を、公教育から斥けようとするものでしょう。かつて、日教組が、「立身出世」はよくないといって、この歌を卒業式から排除しようとしたのです
今日の多くの若者に欠けているのは、「刻苦勉励」、「立身出世」の心意気ではないでしょうか?





蛍の光  全4番 スコットランド民謡 作詞 稲垣千頴




明治14年、「小学唱歌集(初)」に「蛍」という題で掲載されたのが、唱歌としての始めといわれます。原曲は、スコットランド民謡の「久しき昔 」。これに東京師範学校の教員だった稲垣千穎(かい)が詩をつけました。
 「蛍の光」にも「あおげば尊し」同様、戦後、歌われない歌詞があります。現在は2番までですが、原詞には3番、4番があります。それは、以下のような歌詞です。
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 筑紫(つくし)のきはみ、みちのおく、
 海山(うみやま)とほく、へだつとも、
 その真心(まごころ)は、へだてなく、
 一つに尽くせ、国のため。
 千島(ちしま)のおくも、沖縄(おきなは)も、
 八洲(やしま)のうちの、守りなり。
 至らん国に、勲(いさを)しく。

 務めよ わが背(せ)、つつがなく。

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 2番までしか知らない者は、「蛍の光」は「あおげば尊し」と同様、単なる別れの曲だとしか思いません。しかし、後半の歌詞を知ると、歌のイメージが全く変わります
 3番、4番では、「筑紫」(九州)、「陸奥」(東北)、「千島」(北方)、「沖縄」(南方)という地名が、一連なりに歌われます。このことにより、わが国の領土が想起されるのです。国民が旧来の藩や地域を越えて一つとなり、公(おおやけ)に尽くそうという意識が喚起されるのです。また国民が自ら国を守る国防意識を高揚する歌詞ともなっているのですそこには、明治日本の健やかなナショナリズム(国家意識・国民意識)がみられます。4番の出だしの歌詞は、日清戦争後に、「台湾の果ても、樺太(からふと)も」と改訂されたそうです。
 こうした歌を4番まで、卒業式という節目・門出に歌うことは、意義深いものなのです




水師営の会見 /国民学校唱歌



「蛍の光」あおげば尊し」

これらの歌は、戦後、歌詞の一部がカットされました。戦後の教科書から消された文部省唱歌は多く存在します。その一つ、「水師営の会見」があります。
 この歌は、日露戦争の時の乃木将軍とロシアのステッセル将軍の会見を歌ったものですが、歴史や修身の教科書に、乃木将軍のことが書かれ、音楽ではそれが歌として教えられたことは、意義のあるものでした。しかし、戦後の教科書では、日露戦争の真の意義は教えられず、欧米人を感動・尊敬せしめた乃木将軍の美談は、教科書から消されてしまいました。音楽の教科書からも、「水師営の会見」は消えました
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 旅順(りょじゅん)開城(かいじょう)
 約成(やくな)りて
 敵の将軍 ステッセル
 乃木大将と会見の
 所はいずこ 水師営

 庭に一本(ひともと) 棗(なつめ)の木
 弾丸あとも いちじるく
 くずれ残れる 民屋(みんおく)に
 今ぞ相(あい)見る 二将軍

 乃木大将は おごそかに、
 御(み)めぐみ深き 大君(おおぎみ)の
 大(おお)みことのり 伝(つと)うれば
 彼(かれ)かしこみて 謝しまつる

 昨日(きのう)の敵は 今日の友
 語ることばも うちとけて
 我はたたえつ かの防備
 かれは称えつ わが武勇

 かたち正して 言い出でぬ
 「此の方面の戦闘に
 二子(にし)を失い給(たま)いつる
 閣下の心如何にぞ」と

 「二人の我が子それぞれに
 死所を得たるを喜べり
 これぞ武門(ぶもん)の面目(めんぼく)」と
 大将答(こたえ)力あり

 両将昼食(ひるげ)共にして
 なおもつきせぬ物語
 「我に愛する良馬(りょうば)あり
 今日の記念に献ずべし」

 「厚意謝するに余りあり
 軍のおきてに従いて
 他日我が手に受領せば
 ながくいたわり養わん」

 「さらば」と握手ねんごろに
 別れて行(ゆ)くや右左(みぎひだり)
 砲音(つつおと)絶えし砲台(ほうだい)に
 ひらめき立てり 日の御旗(みはた)


学校教育でよりよい歌を教えることは、教育全体における重要課題であり、世代間を結ぶ「絆」でもあり、アイデンティティを喚起することにも繋がるのです。
 歴史、道徳、国語だけでなく、音楽教育の重要性は、もっと認識されなければならないと思います
日本人が日本人である為にも・・・

転載元: 美し国(うましくに)


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