2009/5/7(木) 午後 7:51最近の記事練習用 Yahoo!ブックマークに登録
(写真上:民主党の売国オバサン 相原久美子参院議員)
(写真中:「お口直し用」同級生アグネス・ラムの懐かしい写真)
(写真下:「お口直し用」その2.知らないキャンギャルの最新写真)
(写真中:「お口直し用」同級生アグネス・ラムの懐かしい写真)
(写真下:「お口直し用」その2.知らないキャンギャルの最新写真)
御来訪感謝申し上げます。
今日は新聞休刊日ということで、ネット社会と無縁な方々はずいぶん寂しい想いをされたのではないかとお察し致します。
幸い、我々IT族(?)はネット上で流れるリアルなニュースを得ることには事欠きませんので、今日拾った話題で不肖敬天愛人の感性に引っ掛かったニュースを2点取り上げさせていただきます。
先ず、1点目、産経ニュースから「悪い冗談」としか思えない話題です。
金総書記、列車で2カ月間移動生活「人民経済が心配で家に帰って安心して眠れない」 労働党機関紙
2009.5.7 13:33
このニュースのトピックス:金正日総書記
軍事関連の教育施設を視察する金総書記。健康を害した後も、積極的な活動が目立つ(ロイター) 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は7日の論評で、金正日総書記が経済再建や国民生活向上のため「昨年末から約2カ月間、家に戻れず列車で生活しながら、人民経済のさまざまな部門で現地指導を続けている」とする発言を伝えた。
発言時期は今年2月の「意義深い祝日」としており、同月16日の金総書記自身の誕生日での発言とみられる。
金総書記は「この2カ月は旧正月など祝日も多く、家で家族と休みたいという思いもなくはなかったが、人民経済が心配でそうはできなかった」と述べ、経済再建までは「家に帰って安心して眠れない」と話したとも伝えた。(共同)(太字は敬天愛人註)
北朝鮮労働党機関紙が、約3ヶ月前の将軍様の発言として今頃リリースする真意は皆目検討が付きませんが、「将軍様は常に人民のことで心を痛めているニダ!」ということをアピールしたいのでしょう。
しかし、一応(?)言論の自由を認められている西側に住む我々にとっては「何をかいわんや?」のお話であります。
独裁者とは「言っていることとやっていることは違う」という法則を再確認できただけのことになってしまいました(笑)
日本にも似たような御仁が、私の知る範囲でも確実に2人は居るのですが、それが誰かは「いわずもがな」であると存じます。苦笑
この話題は、思わず笑ってしまったので取り上げただけで他愛も無いものでありますが、先ほどの「2人」の内の1人が率いる民主党の議員が下記にあるように、ゴールデンウィークさなかにわざわざ「国を売る」ために中国の山の中に行ったようであります。
当然といえば当然ですが、朝日新聞の記事の引用です。
平頂山事件 民主議員「日本政府に公式謝罪求める」2009年5月7日12時9分
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中国遼寧省の平頂山村で1932年に旧日本軍が村民を虐殺したとされる平頂山事件で、民主党議員有志を代表して相原久美子参院議員が5日、同省撫順市で事件の生存者3人と面会し、公式の謝罪などを日本政府に求めていくことを約束した。
抗日ゲリラによる襲撃の報復として旧日本軍が住民を銃殺した事件は、犠牲者が800人とも3千人ともいわれる。生き残った3人が96年、日本政府に6千万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴、最高裁まで争ったが06年に敗訴した。
このため生存者と弁護団は日本政府に対し、賠償を求めない形で(1)公式な謝罪(2)犠牲者を供養する記念碑などの設置(3)事実を究明し後世に伝える――を求めることを決め、民主党議員24人の協力を取り付けた。
相原議員は生存者の前で「日本政府が謝罪もせず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。真の安定した日中関係を築くには戦後補償問題の解決が不可欠。皆様の要求が実現するように努力します」と述べた。生存者の王質梅さん(87)は「日本から議員が来てくれて感謝する。生存者は少なくなっているので早く解決してください」と話した。(撫順=西村大輔) (太字は敬天愛人註)
「平頂山事件」といえば、シナの東北部にあり、旧満州の玄関口と言われた大連を省都とする遼寧省の北部にあった撫順炭鉱とその周辺の地区で発生した事件であります。
簡単な概要は、今から77年前の1932年9月15日に発生した反満抗日ゲリラ「遼寧民衆自衛軍」による、撫順炭鉱襲撃事件に端を発して旧日本軍の撫順守備隊の報復として起きた事件とされています。
この事件に関しては、終戦後まもなく当時の国民党政府の戦犯法廷で裁かれており、炭鉱の関係者が逮捕され7名が死刑判決を受け執行されました。
しかし、例の本多勝一が中国に行って中共政府の言いなりになって、検証もしない現地の人々からの一方的な取材旅行によって書いた「中国の旅」で取り上げて、朝日新聞に連載されたのが1971年で、それから知られることになったのです。
なぜか、この本多勝一が日本に帰って朝日新聞に連載記事を書き始めたと同時期に、呼応するかのように中国では平頂山殉難同胞遺骨館が作られているのです。
本多勝一と中共政府の関係はいろいろと噂されていますが、やはり、互いの出来レースであったことは間違いないようであります。
中国側は人口1,400人の村で3,000人以上が犠牲になったと例によって、どこから出てくるのかと悩むような数字を言っていたようですが、疑うことを知らない愚かな左翼の本多勝一はそんなことも含めて鵜呑みにして来たようでもあります。
このことがきっかけで国内の反日左翼が現地の生き残りを焚き付けて、引用記事にある3人が反日左翼の後押しで日本政府へ賠償を求める訴訟を起こしたのです。
2006年に最高裁において「国家無答責の原理」により、当然ながら訴えは退けられたのですが、百害あって一利もない正義感を振りかざして、国を売ろうとする民主の親中の左巻き議員どもを代表して自治労出身の相原久美子が出張って行ったということらしいのです。そして、民主党の名の下に日本政府へ公式の謝罪を求める約束をしてきたわけであります。
国内の弁護団も敗訴したままでは、現地の生き残りから「成功報酬」ももらえない「タダ働き」の状態なので、民主党の左巻きに駆け込んだのでしょうが、これに応えた議員達も本音のところは、国の補償を引き出してキックバックを狙っていることは疑いのないことであると私は推察しています。
既に決着が付いている77年前の事件を蒸し返して、いつまでも日本政府に謝罪と賠償を要求する反日左翼の様は、特亜の精神構造そのものであります。
民主党は「国民の生活第一」と言っていますが、言っていることとやっていることは全く逆で、「特亜の国民の生活第一」なのであります。
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