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[転載]邦家親王と十一宮家  「占領下の皇族」

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邦家親王と十一宮家

 
次に十二宮家について述べる。各宮家についての詳細は巻末資料を参照して
いただくことにし、ここでは当時の皇族の全体像を紹介する。

終戦時には十四の宮家が存在していた。昭和天皇の弟宮である秩父宮・
高松宮・三笠宮の三直宮家と、伏見宮・山階宮・賀陽宮・久邇宮・梨本宮・
朝香宮・東久邇宮・北白川宮.竹田宮・閑院宮・東伏見宮の十二宮家、
合わせて十四宮家である。

江戸時代に伏見宮・桂宮・有栖川宮・閑院宮(設立順)の四つの世襲親王家が
あったことは既に述べた。しかし桂宮は明治14年(1881)に、淑子内親王薨去
によって既に当主が亡くなっていたために断絶し、また有栖川宮は世子で
あった栽仁(たねひと)王が早世していたので、大正2年(1913)、威仁(たけひと)
親王の薨去を以って断絶となった。このとき、勅旨を以って大正天皇第三皇子
宣仁(のぶひと)親王に高松宮の称号を賜わり、有栖川宮の祭祀を継承させる
ことにした。

桂宮と有栖川宮はこのように大正期までには継承者不在が原因で断絶と
なったのだが、閑院宮については継承者不在であったところ、伏見宮から
養子を取ったことで終戦まで存続していた。江戸時代から続く四世襲親王家
のうち、伏見宮と閑院宮は終戦まで存続していたことになる。幕末から明治に
かけて、皇室の繁栄を企図し、勅旨によって多くの宮家が伏見宮から分立した。
山階宮、久邇宮、梨本宮、小松宮、北白川宮、華頂宮、東伏見宮の七宮家
である。また久邇宮から、賀陽宮、朝香宮、東久邇宮の三宮家が分立し、
更に北白川宮からは竹田宮が分立、つまり伏見宮から十一の宮家が分立した
ことになる。

このうち小松宮は明治36年(1903)に廃絶した。後に北白川宮能久(よしひさ)
親王の第四王子である輝久(てるひさ)王が臣籍降下した際、「小松」の姓を
賜わり小松侯爵となり、小松宮家の祭祀を継いだ。華頂宮(かちょうのみや)
家も大正13年(1924)に、継嗣がいなかったために四代目にして廃絶となった。
旧皇室典範では皇族が養子を取ることが禁止されたため、継嗣不在は宮家の
断絶を意味する。
〔現在の皇室典範でも皇族は養子と取ることは禁止されている〕

明治天皇の皇女で成人した四方の嫁ぎ先は、第六皇女昌子内親王が竹田宮、
第七皇女房子(ふさこ)内親王が北白川宮、第八皇女允子(のぶこ)内親王が
朝香宮、そして第九皇女聰子(としこ)内親王が東久邇宮であった。

ここで整理すると、もともと世襲親王家だった伏見宮、閑院宮と、幕未以降設立
された伏見宮の傍系としての十二宮家が創立され、そのうち小松宮と華頂宮が
廃絶になったため、終戦時、世襲親王家の子孫としては十一の宮家が残って
いたことになる。また、終戦時の三直宮は、いずれも大正時代以降に昭和天皇
の弟君がそれぞれ設立した宮家である。大正2年には大正天皇第三皇子の
宣仁親王が高松宮を、大正11年(1922)には大正天皇第二皇子の雍仁
(やすひと)親王が秩父宮を、また昭和年(1935)に大正天皇第四皇子の
崇仁(たかひと)親王が三笠宮を創設した。終戦時の十四宮家は、伏見宮の
子孫たる十二宮家と、大正天皇皇子の三直宮家ということになる。

十二宮家と現在の皇室を語る場合に、決して避けては通れない人物がいる。
伏見宮第十九代当主の邦家(くにいえ)親王である。親王は、十二宮家の
生みの親ともいうべき皇族である。三十二人の子沢山で、その中で十一人の
男子が成人した。
 
 
伏見宮を相続した貞愛(さだなる)親王をはじめ、山階宮を創設した晃(あきら)
親王、久邇宮(くにのみや)を創設した朝彦(あさひこ)親王、小松宮を創設した
彰仁(あきひと)親王、北白川宮を相続した能久(よしひさ)親王、華頂宮を
創設した博経(ひろつね)親王、閑院宮を相続した載仁(ことひと)親王、
東伏見宮を創設した依仁(よりひと)親王はいずれも邦家親王の実子である。
邦家親王の王子である久邇宮朝彦親王と北白川宮能久親王も子沢山であり、
伏見宮一族は隆盛を極めた。

系図7は邦家親王の子孫を記したものである(200ぺージ)。十二宮家は全て
邦家親王の子孫であり、また昭和天皇の皇后、香淳皇后も伏見宮の傍系で
ある久邇宮の御出身であらせられるため、昭和天皇の皇子女もやはり全方が
邦家親王の子孫に当たることに注目してほしい。

つまり終戦時の十一宮家五十一人とその子孫、そして今上陛下、皇大子殿下、
敬宮愛子内親王殿下、秋篠宮文仁親王殿下、眞子内親王殿下、佳子内親王
殿下、常陸宮正仁親王殿下、そして黒田清子様の全方が邦家親王の子孫と
いうことになる。


                                      竹田恒泰著 「皇族たちの真実」より



    注:系図がありますが省略させて頂きます。




転載元: サイタニのブログ


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