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明治43年の春、第六潜水艇は演習のため山口県新港沖へ出ました。潜航すると故障が起きて海水が入り込み、14名の乗員を閉じ込めたまま海の底深く沈んで行きました。艇長の佐久間勉大尉は、すぐに部下に命じて海水の入るのを防がせ、入った海水をできるだけ出してしまうようにさせました。しかし、電灯は消え、艇内は暗く、その上、動力を使うことも出来なくなって手押しポンプを頼りに必死の働きを続けさせました。どうしても艇は浮き上がらず、ガスがたまって意気が次第に苦しくなってきました。部下は一人二人と倒れて行き、もうこれまでと覚悟した艇長は、鉛筆で手帳に遺言を書きつけました。
遺書には第一に、陛下の艇を沈めて部下を死なせる罪を詫び、上院一同、よく職分を守ったことを述べ、沈んだ原因やその様子を詳しく記しました。次に、部下の遺族について願いの述べ、上官・先輩・恩師の名を書き連ねて別れを告げ、最後に「十二時四十分」と書いてありました。
艇が引き上げられた時には艇長以下14名の乗員が最後まで自分の持場で職分を守って、出来る限りの力を尽くした様子がありありと残っていました。遺書は、艇長の上着から取り出されたのでした。
以上は、戦前の「修身書」という道徳の教科書に書かれているもので、昔は小学生の頃に、このような先人の話を道徳として学び、日本人の精神や心を身につけて、自分も先人のように立派な人間になりたいと思ったといいます。これが学びというものです。修身書というのは道徳とともに歴史や人物まで覚えるのです。
戦前の教育を受けた方で佐久間勉艇長の名前を知らない子供はいませんでした。当時、このような事故は海外でも起こっていましたが、他国の場合はこのような事故に遭うと、われ先へと逃げるために必ず全員が出入口の近くで重なって死んでいました。しかし、佐久間艇長以下部下たちは逃げずに自分の持ち場でそれぞれが死んでいたということで、世界から「日本人は素晴らしい」と称賛されたのです。
韓国では金九という人物を義士(英雄)として子供たちに「偉人伝」で教えます。金九は抗日独立運動家のリーダーとして韓国でも最も尊敬される人物とされています。1896年3月、金九は朝鮮人数名と日本から来た商人・土田譲亮を暴行して殺害し、土田の荷物から800両を奪い、遺体を川に投げ捨てました。この罪で死刑判決を受けた、と当時の「独立新聞」に書かれています。
しかし子供達にはこのように教えています。
「金九は、皇后(閔妃)を殺害した日本人、と大声で叫びながら日本人を蹴っ飛ばし、日本人はそのまま階段へ転がり落ち、金九は直ちに駆けつけて日本人の首を踏みにじると、日本人は刀を持ち飛びかかりましたが、金九は刀をかわして脇腹に蹴りを入れて倒し、落ちた刀を拾って日本人の胸を刺しました。死んだ日本人は日本陸軍中尉で荷物に800両入っていたので、金九は町の人を呼んで貧しい人に配るように頼みました。その後、金九は死刑判決を受けましたが、高宗皇帝から電話で死刑をやめるよう指示されました。金九は電話があと3日遅かったら死刑になっていた。」
韓国の子供たちに教える「偉人伝」には金九の行動を正当化するための嘘が書かれています。貧民救済の800両を与えたというのは当時の新聞にも警察官の取調書にも書かれていない嘘です。また土田の身分は陸軍中尉ではなく商人です。これを陸軍中尉に書き換えて、当時の閔妃殺害による日本人に対する反感が高いことを殺害の動機にして正当性を持たせているのです。さらに高宗が電話したとありますが、この時はまだ電話が通っていなかったのです。
このように、日本の教科書は真実をそのまま教えるだけで道徳の教科書として学べるのです。先人が立派だからです。しかし、韓国では事実をそのまま書くとテロ国家になってしまうのでそのまま書けません。つまり金九という日本人を殺したテロリストを英雄に仕立てて子供たちに教えているのです。
この「偉人伝」を読んだ子供たちは「日本が朝鮮の国母を殺したから日本人が殺されてもしょうがない」と思い、しかもそれが嘘だらけだとは知る由もないのです。
「道徳」や「偉人伝」というのは偉い人物の言動を見習うものです。しかし韓国にはそういう人物は見当たらないのです。日本に出来て韓国に出来ないのがこれなのです。
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