今回の「日本人よ、覚醒せよ!」は高志さんの記事より日本人が知るべき事実を掲載させて頂きます。
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占領下の日本は国旗も国歌も自由に扱う事が出来なかった。おまけに日本の場合は「自粛」というおかしな風習がある。特に指摘されなくても、自発的に気を回して相手の意向に添うのだ。
未だ占領下であった昭和26年頃の話だが、あるブラスバンドが練習の為に「軍艦行進曲」と「愛国行進曲」を演奏していた。そこへ進駐軍の将校が通り合わせ「素晴らしい曲だ。皆にも聞かせてやりたいから、一度うちのバンドと演奏会をやらないか」と持ちかけ、後日、二つのブラスバンドによる盛大な演奏会が開かれたという。その演奏会で「軍艦マーチ」も「愛国行進曲」も「星条旗よ永遠なれ」や「士官学校行進曲」に劣らぬ「名曲」であるという評価を受けた。これは「米軍の前で、日本の軍歌が、戦後初めて演奏された」という特ダネ記事で報じられたが、それくらい珍しい出来事であった。
「軍艦行進曲」に限らず、戦前に作曲され、今はほとんど演奏される事もない名曲は数多くある。
「軍艦行進曲」に限らず、戦前に作曲され、今はほとんど演奏される事もない名曲は数多くある。
「君が代行進曲」「分列行進曲(抜刀隊)」「敷島艦行進曲」などは明治時代から受け継がれたものであり、「愛国行進曲」や「太平洋行進曲」は支那事変勃発後に発表されたものだが、一般の催しで演奏される事はない。うっかり演奏したら、忽ち「軍国主義の復活だ!」などと大騒ぎする連中が多いから、トラブルを避けるために演奏しないのである。軍艦マーチは一時パチンコ屋で利用された事もあるが、心が浮き立つ様な旋律は比類のないものだ。しかし、「軍艦マーチ」を聞いて大本営の戦果発表に胸を躍らせたのは私の様な年令が最後になる筈で、「軍艦マーチ」を聞くと戦争を連想するなどという若い人の発言には「戦争も知らずに何をぬかすか」と言いたくなる。
ところが、軍艦マーチの様な軍歌ならまだしも、国歌「君が代」を聴いただけで心臓に異状を起こす病人が、教員の中にいるというから、驚くというよりも呆れた話だ。「週刊ポスト」の1月13・20日号に橋下大阪市長の「君が代条例」に関連した特集記事が載っている。《東京の都立高校元教諭で「不起立のジャンヌ・ダルク」の異名を持つ女性教師(左下写真)は、自身のHPでこう心情を述べている。「(式典で君が代を聞くと)心臓がバクバクし、中国大陸に侵攻した日本軍の若い兵隊が中国人捕虜を銃剣で突くように命じられた姿が浮かんだ。私は“お前は突くのか”といわれているようだった」》
哀れな女である。 歪んだ知識をそのまま、疑いもなく取り込み、お粗末な想像力を働かせているのだ。日本軍の若い兵隊が、度胸をつける為と称して、捕虜を生きたまま銃剣で突く姿はチャイナ各地の反日展示館へ行けば幾らでも見られるだろう。或いは、そういう行為が実際にあったかも知れない。しかし、国際条約に悖る違反行為を度々犯す程、日本軍の軍規は甘くはなかった。戦場は時に人を狂気に追いやる。ベトナムでもアフガンでも残虐行為はあとを絶たないが、日支事変で日本軍が行ったと言われている残虐行為の殆どは辻褄の合わないものばかりである。
敗戦後,日本を占領した連合国軍が真っ先にやったのは、日本を永久に弱体化させる事であった。日本軍の強さは十分知り尽くしていた。こんな国が又復活したら自分達が困るから、2度と立ち上がれない様に徹底的に日本軍を悪者に仕立て上げたのである。その口車にまんまと乗せられているのが日本人で、一番大切な教育の現場とマスコミが手先となって洗脳を行なったのだ。彼等は自分達の父祖が辱められている事に何の痛痒も感じないらしい。
上海特別陸戦隊の大山勇夫海軍大尉の最期を知っているか。通州事件でどれだけの日本婦女子が惨殺されたか。もし、そんな事件は知らないと言う様なら、もう2度と戦争の事で知ったかぶりするのは止せ。 南京大虐殺はこの事件をヒントにして彼らが言い出だしたもので、婦女子への残虐な行動や、子供の殺し方など日本人には想像もつかない状況が馬脚を顕わにしている。
それに、こんな頭の弱い女をジャンヌ・ダルクに例えるのも大間違いの笑い話である。大体、ジャンヌ・ダルクは戦場の殺人行為に真偽の判断すらつかず、心臓がパクパクする様な、か弱い女ではない。祖国の存亡を賭けたオルレアンの戦いでは兵士たちの先頭に立って指揮を執り、イギリス軍を破ったと伝えられているが、常に軍と共にあり、心臓パクパクなんて事はなかった。
戦時中に日本軍が「やられた」残虐行為は数多い。ニューギニア戦線では日本軍の負傷兵は生きたままブルドーザの下敷きにされ、ビルマ戦線では野戦病院に残された身動き出来ない日本軍の負傷兵を、イギリス軍はガソリンをかけて建物ごと焼いている。ソ連が行なった大々的な国際法違反については今更言うまでもないであろう。
サイパン島には「バンザイ・クリフ」と呼ばれる悲劇の名所がある。戦場となったサイパン島で敵に捕らえられる事を恐れた日本の女性が次々に身を投げた断崖で、実際に飛び降りる女性達の姿は今も映像に残されている。涙なくしては見られないシーンだが、実はこの映像には演出が加えられていたのである。撮影班は、カメラを最も良い位置に据え付けるとOKのサインを送り、合図を見たアメリカ兵たちは、まるで猟犬が獲物を追い立てる様に撮影スポットに女性たちを追い込んで行く。こうして身投げする女性たちの姿が鮮やかに残されたのだ。あらゆる残虐行為の中で最も悪質な行為と言えるだろう。
ところが、軍艦マーチの様な軍歌ならまだしも、国歌「君が代」を聴いただけで心臓に異状を起こす病人が、教員の中にいるというから、驚くというよりも呆れた話だ。「週刊ポスト」の1月13・20日号に橋下大阪市長の「君が代条例」に関連した特集記事が載っている。《東京の都立高校元教諭で「不起立のジャンヌ・ダルク」の異名を持つ女性教師(左下写真)は、自身のHPでこう心情を述べている。「(式典で君が代を聞くと)心臓がバクバクし、中国大陸に侵攻した日本軍の若い兵隊が中国人捕虜を銃剣で突くように命じられた姿が浮かんだ。私は“お前は突くのか”といわれているようだった」》
敗戦後,日本を占領した連合国軍が真っ先にやったのは、日本を永久に弱体化させる事であった。日本軍の強さは十分知り尽くしていた。こんな国が又復活したら自分達が困るから、2度と立ち上がれない様に徹底的に日本軍を悪者に仕立て上げたのである。その口車にまんまと乗せられているのが日本人で、一番大切な教育の現場とマスコミが手先となって洗脳を行なったのだ。彼等は自分達の父祖が辱められている事に何の痛痒も感じないらしい。
上海特別陸戦隊の大山勇夫海軍大尉の最期を知っているか。通州事件でどれだけの日本婦女子が惨殺されたか。もし、そんな事件は知らないと言う様なら、もう2度と戦争の事で知ったかぶりするのは止せ。 南京大虐殺はこの事件をヒントにして彼らが言い出だしたもので、婦女子への残虐な行動や、子供の殺し方など日本人には想像もつかない状況が馬脚を顕わにしている。
それに、こんな頭の弱い女をジャンヌ・ダルクに例えるのも大間違いの笑い話である。大体、ジャンヌ・ダルクは戦場の殺人行為に真偽の判断すらつかず、心臓がパクパクする様な、か弱い女ではない。祖国の存亡を賭けたオルレアンの戦いでは兵士たちの先頭に立って指揮を執り、イギリス軍を破ったと伝えられているが、常に軍と共にあり、心臓パクパクなんて事はなかった。
サイパン島には「バンザイ・クリフ」と呼ばれる悲劇の名所がある。戦場となったサイパン島で敵に捕らえられる事を恐れた日本の女性が次々に身を投げた断崖で、実際に飛び降りる女性達の姿は今も映像に残されている。涙なくしては見られないシーンだが、実はこの映像には演出が加えられていたのである。撮影班は、カメラを最も良い位置に据え付けるとOKのサインを送り、合図を見たアメリカ兵たちは、まるで猟犬が獲物を追い立てる様に撮影スポットに女性たちを追い込んで行く。こうして身投げする女性たちの姿が鮮やかに残されたのだ。あらゆる残虐行為の中で最も悪質な行為と言えるだろう。
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