(終戦の詔書)
歴史学者であり、高知大学名誉教授、新しい歴史教科書をつくる会副会長であります福地惇先生の貴重な小論文を掲載いたします。
「終戦の詔書」の凛々しく気高い精神
高知大学名誉教授 福地惇
終戦の詔書は、先ず大東亜戦争の正当性を述べ、この戦争が万やむを得ないものであったことを再認識してから、「朕は茲(ここ)に國體を護持し得て、忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し、常に爾臣民と共に在り。(中略) 宜しく挙國一家子孫相伝へ、確く神州の不滅を信じ、任重くして道遠きを念(おも)ひ、総力を将来の建設に傾け、道義を篤くし志操を鞏(かた)くし、誓って國體の精華を発揚し、世界の進運に後れざらんことを期すべし」と宣うた。
大敗北は無念だが、自暴自棄に陥らず、正々堂々として国家再建に立ちあがろうと発せられた、実に凛々しく気高い敗北宣言である。
注目すべきは、第10項「日本国政府は日本国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障碍を除去すべし」であり、第12項「前記所目的が達せられ且つ日本国民の自由に表明せる意思に従い平和的傾向を有し且つ責任ある政府が樹立せらるるにおいては連合国の占領軍は直ちに日本国より撤収せらるべし」と明言されている点である。
有条件降伏であることは明白なのである。
しかも、第10項、第12項の意味するところは、限定条件があるとしても、明らかに「國體の良い面の保持」を容認していた。それは同時に、近代国際社会の不文律=民族自決権を認めているということである。これは核心的に重要なのである。
連合国軍の日本国占領支配の法的根拠は「ポツダム宣言」と、同宣言を前提に日本がその後従うべき諸条項を日本政府として明記し、連合国が承認・調印した「降伏文書」である。
この二つの文書は連合国と日本国が取り交わした条約に類する国際誓約=国際協約である。
敗戦国日本は、両文書に明記された諸条件を厳格に実行する義務を課せられたが、それは同時に、戦勝国側も協約を遵守する義務を負ったことを意味する。米国政府と日本政府とはポツダム宣言と降伏文書の法的拘束を受けるのである。(次回へつづく)・・・・
「終戦の詔書」、と言ってもピンとこない日本人は多いかもしれません。
玉音放送で「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び、以って万世の為に太平を開かんと欲す・・」と聞けば理解されると思います。この全文を読むと福地先生が仰せの通り、気高く凛々しい詔書であります。
昭和天皇は「それよく朕が意を体せよ」とのお言葉でありました。
しかし、平成の御代になっても、意を体していない我が国であります。
戦後日本の悪夢から目覚めるためにも「神州の不滅を信じ」「道義を篤くし」「志操を固くし」「国体の精華を発揚し」・・・
「開戦の詔書」「建国の詔書」とともに、日本国民はきちんと胸に刻むべきであります。
また、よく日本の降伏を無条件降伏と言われていますが、これも福地先生ご指摘の通り「有条件降伏」であります。
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